MESSAGE

メッセージ

創立20周年を迎えるにあたり、創立当初からこれまでタスの成長を助けていただいているOBの方々よりメッセージをいただきました。

三友側から見たタス設立時の思い出

 今から21-22年ほど前のこと、新宿の三友システム住宅融資(現三友システムアプレイザル)の僕の机の電話が鳴った。
 故郷愛知県挙母高校(現豊田西高校)の一級後輩のT氏(当時JETROの部長)からであった。電話の趣旨は彼の愛知県の尊敬する先輩であるF氏(元総務庁次官)を囲む数人の夕食会があり、僕にも出席しないかとの誘であった。F氏は厳父の代から地元の成績優秀で東京の大学に進学する人を対象に、市ヶ谷の家の一部を寮として低料金で開放しておられた。出席者は昔の寮生のN氏(当時シェル石油常務)、塚田彊氏(当時トヨタから出向して朝日航洋専務)とT氏で、偶々僕がN氏とT氏の二人を知っていた為に誘ってくれたのだ。

 食事の時隣に座ったのが塚田氏であった。そこで僕が自分の不動産鑑定会社の内容を説明した際、年に5万件の鑑定や調査をしているが、更に鑑定調査後の情報の再利用を考えていると話したところ、利用していない不動産情報を再利用し、主に、不動産情報は三友、ソフト開発は朝日航洋で提供し、一緒に会社を作ろうとなり、話がとんとん拍子に進んだ。

 僕たちの考え方は今で言う「PropTech」(不動産テック)の先駆けと言えるかもしれない。
 朝日航洋からS氏(後に朝日航洋取締役)、三友からは酒見謙二氏(後にタス常務)が責任者となり、何度か両社で会合を開いた。時には慰労もかねて、皆で古い建物時代の東京アメリカンクラブのレストランでワインを飲みながらステーキを食べた。

 打合せに1年以上かかった。最後に資本金、出資者、出資割合、社名、役員人事、本社所在地を決めた。資本金は設立までの経費と設立後の暫くの運営費より算出、両社は1対1で出資することとし、社長には年齢から言って僕、副社長は塚田氏である。
 これでほぼ固まった時に塚田氏から予想もしない嬉しい情報がもたらされた。「トヨタを出資者に加えたいがどうか」とのことである。「出資して下さるならこんな良いことはない」と半信半疑ながら答えた。そんなこんなでトヨタ社(豊田通商を含む)の出資分だけトヨタ・朝日グループの割合が三友より多くなった。
 社名は当社の提案ですんなり決まった。トヨタの頭文字の「T」、朝日航洋の「A」、三友の「S」で、カタカナ読みの「タス」である。社長職はすぐに塚田氏に譲った。本社は朝日航洋の本社のあった池袋のサンシャインシテイ―ビルとした。

 タスの業績は、将来は別として今のところ順調過ぎるほど順調で、タスからの受取配当金で三友の支払い配当金をまかなえている。
 塚田氏とはよく「こんなに上手くゆくなら、二人で個人的には少し株を持っておけばよかったのに」と嘆いている。僕にとって新企業設立は2社目となった。
元 株式会社タス 代表取締役社長
株式会社三友システムアプレイザル 取締役相談役
井上 明義

タスが20歳を迎えるにあたって

 ここに平成12年12月14日の日経新聞朝刊にわたしが書いた「交遊抄」の記事がある。平成12年と言えば西暦2000年だから、丁度タスが誕生した年になる。
 お陰様で、わたしはいろいろな方からご縁をいただいており、交遊抄を書くとしたら他のものになる可能性もあったのだが、日経から依頼を受けた時に、タスを誕生させたばかりの気持ちがきっかけになったのだろう。
 内容は井上さんが記されたことと符合している。敢えて少し付け加えさせていただくと、

 朝日航洋は3年前の1997年にトヨタが西武グループから買収したのだが、残念ながら債務超過の状態で、総力を挙げて本業の再建をすすめているところだった。しかし本業は本業として立て直しを進めるとして、わたしは朝日航洋の持っている価値をもっと生かす分野を広げたいと思っていた。わが国でいち早くレーザー計測の事業を立ち上げたのもそのころだった。井上さんとの出会いがタスというもう一つの新規事業を生み出すことになったのは幸運であった。(後日談ではあるが、朝日航洋は2002年には黒字転換し、以来黒字経営を続け、いまの尾暮社長に至っている)

 人材については、篠田さんだけでなく次々と優秀な人を送り込んだが、そのなかの松島康生さんと田中伸彦さんが自ら起業して頑張っているのもタスの文化が後押ししたのではなかろうか。いま、わたしが松島さんの会社の顧問をしたり、田中さんを上場企業のトップに引き合わせたりできるのも縁というものであろう。

 タスを立ち上げると何はさておき顧客を確保しなくてはならない。そこで、トヨタで資金課長をやった当時から濃い交わりを続けてきた金融界の人や、調達部長をやっていた時からのゼネコン業界の親しい人がいるのを幸いと、トップセールスに励んだものである。大手都市銀行全部の情報担当役員や融資担当役員といきなり商談できたのもトヨタの看板があってのことであった。かなり乱暴なプロセスもあったが、当時の仕事が今もお役に立っているのを耳にするのはありがたいことである。

 出資については、井上さんと二人で立ち上げたので、三友システムと朝日航洋の二社でという考えであったが、当時トヨタの役員で「情報事業分野」を担当していたY君がタスの内容に関心を持ち、トヨタの名前でサポートするとして出資を申し出てくれたのは予期したことではなかったが、ありがたいことであった。Y君は昔の職場の仲間である。

 タスも進取の風土を作り上げているので、これをますます推進して、これからもわれわれを驚かせてほしいと思うと同時に、私個人としてはタスが20歳を迎えるにあたって振り返ってみると、人の縁の面白さ・有難さを思うや切である。
元 株式会社タス 代表取締役社長
元 朝日航洋株式会社 代表取締役社長
塚田 彊

20周年に寄せて

 株式会社タスの社員の皆様とその家族の皆様、株主の皆様、20周年おめでとうございます。そして、株式会社タスの発展にご尽力いただいた歴代社長と社員、協力会社の方々に改めて感謝申し上げます。

 世間では「IT革命」といわれ、インターネットの事業がもてはやされていた時代に株式会社タスは設立されました。しかし、当時の日本の通信環境は決して良くなく、ハードウェアの技術もいまいちでした。ですから、設立当初の販売は大苦戦で、サーバーダウンもまた頻発しました。ですが、先輩方たちはそのような障害にくじけることなく、 一段一段積み重ねて事業を軌道に乗せていきました。

 現在も当時と同じく時代の変わり目にあるように思います。そんななか、企業は新しい技術や新しい商品を通じて「うれしい」 をお客様に提供し続けなければなりません。逆風が吹くこともあるでしょう。しかし、決してあきらめることなく、バトンを繋いで頂ければ幸いに存じます。
元 株式会社タス 常務取締役
酒見 謙二
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