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経済学から見た不動産市場(第4回)

貰える100万円と奪われる100万円,どっちが高く感じる?

日本大学経済学部教授
浅田義久

 以前から記していますが,中古住宅市場がなかなか整備されない要因として,前回お話しした情報の非対称性と同じように重要なプロスペクト理論による損失回避性というものがあります。これも,住宅市場だけではなく様々な市場,場面で起こっています。

 まず,不動産の取引として中古住宅を考えてみましょう。中古住宅ですから誰かが所有しているはずです。今,所有者をAさんとします。Aさんが所有する住宅を売っても良いと思う価格を希望売却価格(WTA;Willingness to accept)と言います。対して,購入希望者Bさんが買っても良いよと思う価格を支払い意思額(WTP;Willingness to pay)といいます。ここで,AさんのWTAがBさんのWTPを下回った場合は,取引は成立し,上回る場合は,取引は成立しません。

 さて,では同じ物件をAさんが購入する場合と売却する場合を考えてみましょう。全く同じ物件を同じAさんが購入する場合のWTAと売却する場合のWTPです。本来は同額のはずですが,ここで上記のプロスペクト理論が適応できます。これは,一般的には人々は損失を利益より過大に評価するというものです。すると,同じ物件でもWTAがWTPより高くなってしまいます。すると,上記のように取引は成立しなくなります。このように,情報の非対称性がなくても,中古市場では効率的な取引の成立は難しくなります。鑑定ものの番組で,なんでこんなものを大事に取っておくのかなって思うことがあると思いますが,これも損失回避性によるところが大きいとも言えます。

 このプロスペクト理論による損失回避性はさまざまな実験によって実証されています。そして,応用にも使われています。例えば,教育経済学の分野では,子供にいつご褒美を上げると効果があるかという実験がよく行われています。良い点を取った前か後か?何となく,良い点を取ったらご褒美を上げようと考えますが,実は試験前にご褒美を上げて,「悪い点を取ったら没収」と約束するのが効果的であることが分かっています。例えば,事前に3,000円を渡し,駄目だったら没収するというのは没収される3,000円は損失(WTA)になります。逆に,良かったらもらえる3,000円はWTPになります。で,損失回避性があると没収される3,000円の方が貰える3,000円より価値が高いと感じてしまうのです。米国ではこの実験を多くの小学生を対象に行っています。日本でこんな実験をやったら怒られますよね。
 ようするに,ふられた相手は過大に評価し,ふった相手は過小に評価するということです。前回,情報の非対称性によって最適な恋愛市場が達成されないとお話ししましたが,プロスペクト理論でも恋愛市場は難しいということになります。

 ところで,この需要者と供給者を仲介する不動産業者が提示する査定価格とは何なんでしょうか?適正価格といわれていますが,上記のWTAとWTPのどちらに近いのでしょうか。それとも市場価格に近いのでしょうか。不動産業者は最適な不動産取引を行うように仲介すべきです。上記では,WTAを客観的な市場価値に近く持って行くような査定をする必要があります。ところが,日本の不動産業者は需要者と供給者,双方の代理人になっています。これを,一般的に両手取引といいます。いったい,誰の利得を上げるように努力しているのでしょうか。米国では両手取引が禁止され,需要者の代理人は需要者の利益最大化を,供給者の代理人は供給者の利益最大化を目的としています。この方がまだ効率的な価格となりそうですが,これでも実はプリンシパル・エージェンシー問題(追って説明しますね)が発生し,最適にはなりませんが,両手取引よりまだましでしょう。

 では,ヘドニック分析で試算した価格は何でしょうか?実は,これも適正価格とはいえないかもしれません。ヘドニック分析で試算された価格は実際に市場で取引される価格を計算したものです。理論的にはある物件を実際に買った人の最大支払い意思額と思われますが,交渉力が地域によって変わってきます。六本木のど真ん中ですと,同じ物件が少ないため,売り手の価格支配力が強いでしょうし,国分寺の住宅街なら代替する物件が多いので六本木よりは買い手の価格支配力が強くなります。ヘドニック分析もかなり多くの前提があるんです。でも,市場で売買可能な価格ですから売り手や買い手の思い込みを是正するためには良いかもしれませんね。
人は自分を特別だと思いがちですよね。自分の上にある棚は大きいんです。客観的に見てみましょう。

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