未来の不動産市場:人口動態

住まいを取り巻く最近の話題(第3回)

清水千弘
日本大学スポーツ科学部教授・マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員


もくじ[非表示]

  1. 1.人口動態と住宅市場
  2. 2.高齢化する都市


人口動態と住宅市場

不動産市場の未来を見つめようとしたときに,社会経済環境の変化も同時に見ておかなければなりません。

私が所属するマサチューセッツ工科大学不動産研究センターでは,「Real Trends: The Future of Real Estate in United States」では,第1章として,人口動態: (Demographic Change and the Future of Real Estate in the United States)について,考えています。

米国の人口は,2014年に3.19億人から2060年には4.17億人に増加し,3800万人分の住宅が追加で必要であると言われています。さらに,6400万人の移民により人口が圧迫されてきています(Saiz,2013,2017)。トランプ政権になってから移民の規制を強くはしていますが,さらに一層の多くの移民が参入してくることは予見されています。

人口減少と高齢化進展の中で,空き家が進行するわが国から見ると,なんとうらやましいことだと思う方がいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし,困った問題もたくさん出てきています。第一が,人口が増加している大都市では住宅価格・住宅家賃は高騰してしまい,多くの家計が住まうことができなくなってしまっているのです。つまり,もともと住んでいた人たちが,高い家賃を支払うことができなくなってしまい,郊外へと追いやられてしまうといった現象が出てきています。このような状況は,大都市だけではなくなってきてしまいました。

移民が増える中では,その多様性が生まれてきています。人種の多様性というだけでなく,所得の高低や教育水準が二極化してしまっているのです。低所得者や教育水準が低い移民は,家賃の高い大都市には住めませんから,仕事があり,家賃の低い中規模の都市に住まうことを選択します。そのような地域に移民がたくさん集まってくると,もともと住んでいた人たちが住みづらくなってしまい,他の地域へと逃げ出してしまうのです。地元の人が逃げていく現象を「ネイティブフライト」と呼びます。

私が2011年から2014年まで住んでいたバンクーバーでも多くの移民が集まってきていましたが,このようなネイティブフライトは起こっていませんでした。その理由としては,私が住んでいた地域は,研究者が多く集まる地域であり,ハイスキルな移民が多かったためです。Borjas(2005)では,ハイスキルな移民が集まる地域では,ネイティブフライトが起こらないことを実証的に示しています。


高齢化する都市

米国では,2050年には65歳以上の人口は8370万人(Ortman et al(2014))と予測されています。それは,2011年に推定された高齢人口4,310万人の約2倍に達しており,65歳以上人口の割合,つまり高齢化率は13.7%から21%に上昇することが予想されています。

日本は2015年段階ですでに26.1%に達しており,2050年には37-38%程度に増加していることが予想されているわけですから,日本の高齢化の深刻度は理解できるでしょう。

このような高齢化の進展は,米国では地域別に需要の大きさに変化が出てきています。フロリダ,アリゾナ,ニューメキシコなど郊外やリゾート地といった高齢者が好む場所の不動産需要は増え,価格があがってきています。その傾向はどこまで続くのかといったことが議論されているわけです。

Davidoff(2006)の研究では,高齢者は,現在の家から動かない確率が高まってきていると言います。日本でも,米国のように高齢期には,今まで住んでいた都市を離れて移住させようとする計画もありますが,すでに米国では,その傾向は低下してきているのです。ちょっと逆行した政策といってもいいかもしれないですね。

さらに,問題になってきているのは,同じ家に長期的に高齢者が住まうようになると,自宅の維持・修繕投資をしなくなってきてしまう確率も高まっているというのです。日本では,米国のように,維持・修繕投資,またはリノベーションをして長く使い続ける文化を熟成させるべきだという意見も最近では聞かれますが,米国の現在の実態を反映していないと言ってもいいかもしれません。

もともとリノベーションは,転居する際に高く売却するために行われてきました。トイレを入れ替えたり,キッチンを入れ替えたりするだけで,そのままで売却するよりも高い価格で売れるからです。しかし,日本のように長く住み続けるようになると,日本と同じように,維持・修繕投資は低下してしまってきたというのです。つまり,一つの家に長く住む日本で維持・修繕,リノベーションがなかなか大きくなっていかないのは,米国の現状からいっても自然なことだと言えるでしょう。

そのような中で,高齢化の進展によって,都市の内部にシニア住宅,高齢者向けの市民センターや多世代型住宅,病院,外来ケア,終末期ケア,老人向けモールなどの需要が大きくなってきているようです。

清水 千弘
清水 千弘
日本大学 スポーツ科学部競技スポーツ学科 教授 [経歴]東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退,東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学) 財団法人日本不動産研究所研究員,株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員,麗澤大学経済学部教授,ブリティッシュコロンビア大学客員教授,シンガポール国立大学不動産研究センター教授,キャノングローバル戦略研究所主席研究官,金融庁金融研究所特別研究員等経て,現職 [専門]ビッグデータ解析,不動産経済学
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