未来の不動産市場:住宅取得能力
住まいを取り巻く最近の話題(第5回)
清水千弘
日本大学スポーツ科学部教授・マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員
選ばれる都市
移民が流入し,人口が増加し続ける米国であったとしても,すべての都市で成長が続いているわけではありません。成長している都市と衰退している都市で明暗が大きく分かれてしまっています。
そのような傾向は,東京を中心として人口が集積している都市と人口が減少し,高齢化が進み,そして空き家がどんどん増加してしまっている地方都市と明暗が分かれている日本と変わりはないのです。
米国では,住宅供給が非弾性的,つまり需要の増加に対して供給を増価させづらい都市では,価格や賃料が急騰してしまい,外部から住民が街に引っ越してくるのを妨げています。
このような住宅の供給弾力性を決定するのは,「地理的要因」と「規制の強さ」そして,「市民の反対」といった要素によって決まっています(Saiz(2010))。
例えば,ニューヨークのマンハッタン,ハワイなどは島ですから,地理的な要因によって供給が非弾力的であると言います。また,都市計画規制が強い土地があったとしても,供給が自由にできません。そのように,需要が増加したとしても,なかなか供給が追いつかない街では,供給弾力性が不足してしまい,手ごろな住宅が不足し,中産階級の世帯がいなくなったり,ひいては都市競争力の低下につながったりすると言われています。
また,現代社会の経済をけん引し,高い住宅取得能力を持つハイスキルな労働者は,産業が集積している街というよりも,魅力的なアメニティやライフスタイルやレジャーを提供する都市を好む傾向があることが指摘されるようになってきました(Glaser, Gyoko and Saiz,(2001), Florida,(2011),(2012))。
具体的には,魅力的なカフェやレストラン,美術館,劇場,ファッションなどのアメニティが存在するとともに,健康を維持できるような高度な医療機関があったり,ベビーシッター,カウンセリング,ヨガクラス,魅力的なジョギングコースがあったりとソフトなインフラもまた必要とされているのです。
そのような街には,人が集まり,供給制約もあって住宅価格が手ごろでなくなる,つまり住宅取得の問題が大きくなってきていますし,その傾向は未来に向かって,ますます大きくなっていくものと考えられています。
住宅取得能力
「家に所得の30%以上かけるべきではない」という目標は,アメリカの住宅政策の基盤となっています(Pelletiere (2008))。
1980年代半ばから1990年代初頭にかけて発生したわが国の不動産バブル期にも,住宅のコストを年収の30%以内というところに置いていたことを考えると,おおよそ、その水準は正しいものと考えていいでしょう。
米国の住宅費用の上昇は,低所得者ほどに影響をもたらし,過去20年で見ると,低所得者・中所得者層では,所得と財産の成長が限定されてしまっているために,住宅のコストが大きな負担になってきていると報告されています。(Chetty et al,( 2017))。
そのような中で,所得格差の拡大や賃金の停滞する中で住宅コストが上昇してきているために,社会問題化してきており,有権者は政府に対して「再分配」政策の強化を主張してきています。
しかし,多くの都市で,建築費が高コストとなっており,地価も高いために,その政策を推進していくことの大きな弊害になっています。賃金と再分配の両立が難しい状況に追い込まれてしまっているのです(Albouy et al ,(2016))。
さらに,労働力が減少する中では,全米平均を上回る建築費のコストインフレーションが発生してきています(Gyourko and Saiz, (2003))。
つまり,賃金や原材料費の上昇が,建設コストを高め,住宅価格の上昇に追い打ちをかけて,住宅のコストをますます大きくしてしまっているのです。