災害対策にも経済学的視点を

経済学からみた不動産市場(第7回)


浅田義久
日本大学経済学部教授

安田昌平
公益財団法人日本住宅総合センター/慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程


2018年も10月になりましたが,今年はこれまでに6月18日に大阪府北部地震,7月上旬に西日本を中心に平成30年7月豪雨,9月6日に北海道胆振東部地震,9月末には台風24号による被害と大きな災害が続いて起きました。

従来から日本は地震大国といわれ,近年でも東日本大震災や熊本地震などの巨大地震による被害が起きており,2011年3月~2018年9月までに発生した主な被害地震は52件,そのうち,建物被害を伴う地震は26件もあります。加えて,今回のような台風や豪雨などによる水害なども多く,様々な災害リスクが再認識されています。

政府は東日本大震災後から国土強靱化計画を検討し,自民党総裁選の候補が防災省の設置まで言及していますが,下記のように,防災に対しても経済学的に検討する必要があります。


皆さんは,お住いの地域のハザードマップを見たことがありますか?または,見たところ危険な地域だったがうちは大丈夫だろうと思っていませんか?

このように,人々が災害リスクに対してどれくらい認識しており,どのように感じるか,あるいはどのような対応をとるかといった疑問に対して,経済学でも様々な検討がなされています。


まず,災害に関する情報を人々がどのように認識・反応しているかは,都市経済学の分野においてヘドニックアプローチで分析されています。海外や日本でも数々分析されており,地価や家賃には災害リスクが反映されていることが明らかになっています。

つまり,人々は災害リスクを考慮した行動を取っているということになり,ハザードマップを公表することで各人は最適な行動をとりやすくなります。

国交省では重ねるハザードマップ(重ねるハザードマップと検索すると出てきます)を公表し,洪水,土砂災害,津波といった災害リスクが分かるようになっていますし,わがまちハザードマップでは地震を含めたハザードマップを見ることができます。

平成30年7月豪雨でも倉敷市が作成したハザードマップは現実とかなり一致しているといわれており,ハザードマップの重要性が再確認されました。

ところが,この情報によって所有していた資産価値が下がってしまう可能性があり,公表に関して反論も出ています。TASの賃料等の推定は地区ダミーが用いられており,その中に地域特性として災害危険度も含まれると考えられますが,今後は地区ダミーで捉えきれない詳細な災害リスクを織り込む必要性があるかもしれません。


次に,災害に対する人々の対応の検討です。

自然災害リスクへの人々の対処方法としては,リスクファイナンスとリスクコントロールがあります。

リスクファイナンスとは,自然リスクに備えた資金による対策であり,保険への加入や,経済主体間のリスク分担などをいいます。

しかし,日本における地震保険の加入率は,損害保険料率算出機構によるといまだに全国で約30%であり,地震保険によってカバーできる範囲は限定的であるといわれ普及が進んでいません。その理由として,地震保険料率の設定が非常に粗く,実際の災害リスクを反映したものになっていないことが挙げられます。また,リスクファイナンスは前回お話ししたモラルハザードが発生する可能性があるので注意すべきです。

リスクコントロールとは,災害が起きる前に被害を少なくするために投資を行うことで,ようするに被害そのものを軽減する行動です。具体的には,防災施設等の建設投資や,耐震性の高い建物への建替え・改修,危険地域から安全な地域への移転などがあります。

しかし,日本では,災害が起こるたびに防災対策の不十分さが指摘されるなど,リスクコントロールも十分には機能していないように思われます。


筆者達は東京都と兵庫県を対象にアンケート調査を行い,ハザードマップの客観的災害リスクが建替え・改修行動に影響するのか分析しました。

その結果,被災地において有意に効くが,非被災地では影響がないことが分かりました。簡単にいうと被災を経験していない地域では,ハザードマップを認識していない,または信頼していないということになります。


この個々人のリスクファイナンスとリスクコントロールは代替財の関係にあり,また,政府の対応とも密接に関連しています。個々人の対応と政府の対応にも代替財の関係があり,政府の対応に個々人がフリーライド(フリーライドに関しては追って説明します)する可能性もあるからです。政府の事後的な対策を予想して,個々人が事前の対策を小さくなってしまう可能性があります。また,政府だけではなく民間からの義援金などでもこのような効果が出てしまいます。

このように,政府の災害対策は個々人の対応を検討しながら,事前の対策と事後の対策の関係も考慮する必要があります。


上記のように,防災に対する対策は非常に複雑で,しかも不確実性もありますので,個々人の防災への対策と政府の対策を十分検討する必要があります。そのためにも,性急な議論ではなく,工学,経済学,法学など様々な分野の智恵を集めるべきだと思います。


なお,この回のコラムを執筆するにあたっては,公益財団法人日本住宅総合センター研究員/慶應義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程在籍の安田昌平氏の協力を頂いた。

浅田 義久
浅田 義久
日本大学 経済学部 教授 [経歴]上智大学大学院経済学研究科博士前期課程修了 三菱総合研究所、明海大学等を経て、現職 [専門]経済政策、財政・公共経済
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