catch-img

第1回:少子化と日本経済

 一橋大学大学院教授である清水千弘先生からご寄稿いただいた、「AI・技術進歩は、日本経済・不動産市場にどのような影響をもたらすのか?」をテーマとしたコラムを連続で配信します。

本稿は、以下の論文をわかりやすく解説したものになります。

Chihiro Shimizu and Valentin Zelenyuk (2026),"Regularized Estimation of High-dimensional Flexible Functional Forms: A Rank-expansion Approach with a Macroeconomic Application"

 次章以降については、2026年6月以降に配信を予定しています。

――――――――――――――――――――――――

第1回:少子化と日本経済

清水千弘
一橋大学大学院教授・都市空間不動産解析研究センター長

 

1. 「人口減少」という言葉に隠された盲点

 少子高齢化を論じる際、私たちはつい「人口が何万人減るのか」「現役世代何人で高齢者1人を支えるのか」といった「量」の議論に終始しがちです。しかし、企業の生産現場で起きている変化の本質は、量ではなく「組み合わせの変化」にあります。

 若手が減り、ベテランが増える中で、企業は単に「人が足りない」と嘆いているわけではありません。限られた予算(費用)の中で、若手のかわりにベテランをどう使うか、あるいは人の代わりにロボットやAIをどこまで導入するか、さらには地価の高い場所から移転するかといった、極めて複雑な「パズル」を解いているのです。

 このパズルを解く鍵が、経済学でいう「代替弾力性」です。これは、ある要素(例:若手労働者)の価格が上がったときに、別の要素(例:機械)にどれだけスムーズに切り替えられるかを示す指標です。この指標こそが、日本経済の未来を占う「真の設計図」となります。

2. 経済学者を悩ませてきた「次元の呪い」

 しかし、この設計図を描くことは、これまで不可能に近いとされてきました。なぜなら、現実に即して「20代、30代、40代、50代以上」と労働者を細かく分け、さらに「ICT資本」「建物」「土地」といった複数の投入要素を同時に分析しようとすると、計算すべきパラメータ(変数の関係性)の数が爆発的に増えてしまうからです。

 これを統計学では「次元の呪い(Curse of Dimensionality)」と呼びます。

 日本のマクロデータは、せいぜい過去50年分程度しかありません。少ないデータに対して、あまりに多くの要素を詰め込んで計算しようとすると、統計モデルは「オーバーフィッティング(過学習)」を起こし、結果がデタラメになってしまいます。 例えば、「若手の賃金が上がると、なぜか土地の需要が無限に増える」といった、現実の経済理論ではあり得ない(曲率条件に反する)数値が算出されてしまうのです。

 実際、私たちがシミュレーションを行ったところ、投入要素が7つの場合、従来の標準的な手法で推定すると、99%以上の確率で経済理論に反する矛盾した結果が出ることが確認されました。これでは、政策の議論に耐えうる「エビデンス」とは呼べません。

3. 突破口となった「ランク拡張法」

 この「次元の呪い」を打ち破るために、本研究で開発したのが「ランク拡張法(Rank-expansion Approach)」です。ブリティッシュコロンビア大学のErwin Diewert教授らによって開発され、筆者らと一緒に米国や中国、日本のデータを用いて研究が進められてきました。

 この手法の画期的な点は、経済理論が求める「もっともらしさ(費用最小化の原理に基づく曲率条件)」を、計算のプロセスに最初から組み込んだことにあります。

  1. 低ランクからのスタート: 最初からすべての要素を複雑に計算するのではなく、まずはデータの中で最も重要な「構造の骨格(低ランク)」から推定を始めます。
  2. 段階的な拡張: データのノイズに惑わされない範囲で、徐々にモデルの複雑さを増していきます。
  3. 情報量基準による制御: 推定が不安定になる直前で計算をストップさせる仕組みを導入しました。

 いわば、霧の中で無理に遠くを見ようとして幻覚を見るのではなく、確実に見える範囲から慎重に地図を広げていくようなアプローチです。これにより、世界で初めて、労働を年齢別に詳細に区分しつつ、「資本」や「土地」との複雑な代替関係を、経済理論と矛盾しない形で精密に計測することに成功したのです。

4. 50年のデータが語り始めた「日本の地層」

 この新手法を1970年から2023年までの日本経済のデータに適用した結果、これまでの「一括り」の分析では決して見えなかった、日本経済の「地層の変化」が浮かび上がってきました。

 次の回から詳しく見ていきますが、そこで明らかになったのは、「30代の賃金上昇こそが、日本の機械化と世代交代を加速させる最強のトリガーである」という、極めて示唆に富む事実でした。そして、このようなことが明らかになると、AIのような新しい技術革新が起こったときに、労働市場がどのようになるのか、それが年代別にどのような影響がもたらされるのか、結果として不動産市場に対してどのような影響が出てくるのか課が、経済理論とデータから明らかになっていくのです。

 私たちは、ついに日本経済という巨大なシステムの「真の構造」に触れるための武器を手に入れたのです。

コラム:なぜ「土地」が重要なのか?

 本研究のもう一つの特徴は、生産要素に「土地」を明示的に入れたことです。日本の全生産コストにおいて、土地サービスは約11%を占めます。地価の変動が激しい日本において、土地を無視して労働や資本の関係を語ることは、片目で世界を見るようなものです。この「土地」という視点が、後のオフィス市場分析や住宅市場分析回において決定的な意味を持つことになります。

清水 千弘
清水 千弘
一橋大学大学院ソーシャルデータサイエンス研究科教授。 一橋大学に2025年に設置された都市空間不動産解析研究センター長、およびブリティッシュコロンビア大学経済学部客員教授を務める。 東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退,東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学経済学部准教授・教授,日本大学教授,東京大学空間情報科学研究センター特任教授等を経て,現職。専門は、ビッグデータ解析,不動産経済学,指数理論,スポーツデータサイエンス。
CONTACT

不動産に関わる業務のお悩みやご質問など
お気軽にご相談ください!

▼ 導入のご検討に ▼
\ お気軽にご相談ください /

RANKING


MEDIA -メディア掲載-