土地の権利と地政学リスク
住まいを取り巻く最近の話題(第1回)
清水千弘
日本大学スポーツ科学部教授・マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員
もくじ[非表示]
- 1.土地の所有権
- 2.ドバイの不動産市場
- 3.地政学リスク
- 4.ドバイの不動産価格の暴落はあるのか?
土地の所有権
不動産市場の国際比較をしようとすると,それぞれの国の制度の違いを理解しておくことが必要です。
例えば,イギリスでは,土地を所有するための権利として,「フリーホールド(freehold)」と「リースホールド(leasehold)」と呼ばれる権利があります。それぞれによって,所有者の権限が異なり,フリーホールドの市場では,自由に取引ができる一方で,リースホールドの権利は特定の個人や法人が所有しており,それを利用する権利を一定の期間を定めて使用権を販売することになります。
かつて,大英帝国時代の影響を受けている国では,そのような制度を踏襲しているところが少なくありません。
例えば,アラブ首長国連邦では,英国の影響を強く受けていることから,「フリーホールド(freehold)」と「ノンフリーホールド(non-freehold)」というかたちで所有権が異なります。エリアが明確に分かれていて,フリーホールドの市場またはエリアでは,外国人も自由に取引ができるのですが,ノンフリーホールドのエリアまたは市場では,GCCの国民でない限り取引が許されません。GCCとは,(Gulf Cooperation Council)の略称では,日本語では「湾岸協力理事会」と呼ばれています。GCCには,アラブ首長国連邦,バーレーン,クウェート,オマーン,カタール,サウジアラビアの6か国が参加しています。さらに,ノンフリーホールドには,ドバイ人だけしか取引ができないエリアもあるようです。
そのように,不動産市場には,その国々特有な取引制度があるのです。
ドバイの不動産市場
ドバイは,近年において多くのエンターテイメントが次々と登場する中で,世界でも最も注目される都市になりました。
ドバイの衛星写真に取引価格データをプロットした図を見てみましょう。ドバイは砂漠の中に作られた人工的な都市といってもいいかもしれません。建物の上に丸い点がプロットされているところが,フリーホールドエリアということで,自由に取引が可能です。それ以外のところは,前述のノンフリーホールドエリアとなります。
そして,上から見たときに,ヤシの木の形をした海岸沿いにあるのが,パーム・ジュメイラといわれる開発エリアです。もう一つ,その左側にはさらに大きな同様の開発が進められています。
多くの欧米諸国では,海が見えるかどうかで住宅の価格が何倍にも変わってしまうことがあります。日本でもそのような傾向はありますが,そのプレミアムは全く比較にならない程の差があります。さらには,水辺に接しているのかどうかということも重要になってくるわけです。
日本のように台風などの災害がある国では考えられないことですが,気候が安定している国では,海辺が持つ価値は極めて大きいと言えます。そうすると,このような形で海岸を人工的に作ることで,不動産の価値を高めることができるのです。
続いて,ドバイには,ブルジュ・ハリファ (burj khalīfah)と呼ばれる世界一高い建物があります。828.0 m,206階建てと,スカイツリーをはるかに超える高さを誇ります。これもまた地震がないことからできることでもあります。
その上から都市を眺めるといろいろなことがわかります。
第一に,低層住宅地域と高層住宅地域画面で分かれています。一概には言えませんが,低層住宅地域がノンフリーホールドになっていることが多いようです。そして,やはり砂漠が延々と続いているということです。海側の埋め立ても進められているわけですが,砂漠側にも土地は永遠に開発し続けることができるという余力を持っています。その意味で,供給過剰のリスクにさらされているといってもいいでしょう。
ドバイの不動産価格を見てみると,住宅価格はリーマンショックで強い影響を受けて暴落するとともに,多くの開発が頓挫してしまいました。
これには,住宅の販売方法が日本と大きく異なることを理解しておかなければなりません。フリーホールドエリアでは,マンションがほとんどのわけですが,開発段階ですでに販売が始まります。開発期間の平均は2-3年かかります。日本でいうタワーマンションが標準のため,大規模であるがために時間がかかるわけです。その購入者は,竣工後に住むというわけではなく,再販売することで投資利益を取ることを目的としているのです。
そうすると,右肩上がりの時には,この手法は成立するのですが,市場が停滞し始めると,開発そのものができなくなってしまうわけです。
世界一高いブルジュ・ハリファ
ブルジュ・ハリファからみたドバイの都市
外国人が多く住むマリーナエリア
地政学リスク
私たちが不動産ファイナンスを教えるときには,「地政学リスク」があるということを教えます。しかし,日本では地政学リスクを実感することはほとんどありません。政治が安定しているためです。
ドバイの不動産価格は,リーマンショック後に回復をしてきたのですが,2017年を契機に価格下落が始まりました。
2017年6月にアラブ首長国連邦はカタールと国交を断絶したのです。以前からカタールとその他の湾岸諸国との間には,政治的な亀裂があったのですが,GCCの中心的な国も一つであるカタールとの国交断絶は予想しがたいことでした。そのため,カタールの富裕層が購入していた不動産が一斉に売却されてしまったわけです。いわゆる投げ売りです。
その後,ドバイはアラブの中でどのような位置づけになっていくのか,さらにその成長は続くのかということは疑念をもって見られるようになっています。
ドバイの不動産価格の暴落はあるのか?
急速に成長を遂げてきたドバイではありますが,その成長が永遠に続くのかということに対しては,誰も信じていないことでしょう。
しかし,いつに成長が減退し,不動産価格は暴落するようなことがあるのかといったことは,不動産の投資家にとって大きな関心事として見られています。
ドバイの不動産市場が持つリスクの一つが過剰供給問題です。
今,ドバイの都市の内部では多くのクレーン車を見ることができ,建設ラッシュといっても過言ではありません
。もともとが海外からの投資に支えられてきたわけですが,その投資がいつまで続くのかということが議論されるようになってきています。その背景には,カタールとの国交断絶が大きな意味を持つことは間違いありません。第二が,EXPOというメガイベントの効果です。ドバイでは,2020年にEXPOが開催されます。私たちの研究では,オリンピックなどのメガイベントは,不動産市場に対して正の影響を与えたことはどの今までの開催都市でもなく,むしろ過剰供給によって,イベント開催後に市場が崩れるというようなことが起こっています。
ドバイの不動産市場の行方は,多くの国際的な都市の不動産市場の動向を占ううえで,様々な示唆を与えてくれるものと思います。