不動産市場の未来-AIは不動産市場を進化させるのか?-

住まいを取り巻く最近の話題(第2回)


清水千弘
日本大学スポーツ科学部教授・マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員


誰もが,自分が生きている世界の未来を見たいと思うものです。不動産市場の未来を眺めようとすると,科学技術,つまりテクノロジーの進化を理解しておかなければなりません。


最近において,「不動産テック」と呼ばれる言葉があちらこちらで聞かれるようになりました。

フィンテックという金融市場における金融とテクノロジーの融合が,不動産市場でも同様に起こるのではないかということに対しての期待を込められて,いろいろな形で話題になっています。


不動産業界において,AI(Artificial Intelligence),いわゆる「人工知能」は何をもたらすのでしょうか。また,シンギュラリティ(技術的特異点:Technological Singularity)を超えて,機械が人間にとって代わり,業界を支配してしまう日が来るのでしょうか。

近年において,学術分野においても,ビッグデータ,機械学習または人工知能といった分野が,再度注目されるようになってきています。

私自身が統計分析の研究に傾注していったのは,今から四半世紀前の大学院に進学してからです。1990年代前半は,1980年代後半に注目された人工知能に関する研究または機械学習の第二次ブームが過ぎ去ろうとしていた時でした。その時には,大手のシステム会社が,現在のAIブームを主導している深層学習と呼ばれる技術の基礎となっているニューラルネットワークという推計方法の技術開発を巡り,ボストンの住宅価格の予測精度を競いあっているような時期とも重なります。


さらに,1990年代の半ばになると,様々な軍事技術が民間へと解放されていくなかで,インターネット技術,e-mailといった近年では当たり前に利用できる技術とあわせて,地理情報システム(GIS)や人口衛星を使った位置情報解析技術(GPS)も広く知られるようになっていきました。

そのような中では,空間情報科学というものが注目されるようになり,わが国でも,私がかつて客員准教授として勤務し,今でも客員研究員をしている東京大学空間情報科学研究センターが設立されるなど,研究開発・実業界での活用の両面において,広く普及が始まろうとする時期でした。


空間解析技術の改善に関する動きまたは研究は,人工知能・機械学習などの第二次ブームが過ぎた後でも,官民を挙げて継続され衰えることはありませんでした。


さらに,データマイニングと呼ばれる分野も登場してきました。

日本統計学会で,初めてデータマイニングセッションが設けられたのが2000年でした。その時の報告者は,マクドナルドの出店計画に合わせた店舗単位での事業収支を自動的に算出し実用化されている事例や,金融機関の自動審査の事例に加えて,私の不動産価格の測定と情報誌に掲載されてから売却されるまでの時間を自動的に予測するといった事例が選ばれていました。

このことからもわかるように,現在,AI・機械学習などといって注目されている技術も,1990年代には開発が終わり,実務界でも既に利用されていたわけです。それがフィンテックや不動産テックと名前が変わっているにすぎません。


近年において日本でも注目されている,米国Zillow社のZestimateと呼ばれる住宅価格査定システムもまた同様です。機械学習・空間解析技術を融合させ,1990年代に開発された技術をふんだんに利用して,開発がされたものです。

Zestimateは,もともとは米国において住宅ローンを証券化する米国の公的金融機関において,1980年代から1990年代において開発されたシステムを,一般消費者向けに解放されたものにすぎません。技術的には,決して新しいものではなく,ある意味では四半世紀前の技術がそのまま解放され,深層学習といった新しい技術の恩恵も受けつつ発達しただけといってもいいでしょう。

わが国でも,20年前に私たちの研究チームでは,より洗練されたシステムを開発し,価格予測だけでなく,ローンの倒産確率なども自動的に計算できるようなシステムが開発され,1990年代には大手保険会社の住宅投資の判断システムとして,2000年代初頭からは大手メガバンクにおけるローン審査において実用化され,今でも利用されています。


つまり,近年において,人工知能といってもてはやされている要素技術は,当たり前なのですが,長い時間をかけて,多くの研究者によって開発され,改善されてきているのです。突然に生まれてきたわけではありません。

また,そのような技術を,金融市場,不動産市場などに適用しようとしても,すぐにできるわけではありません。それぞれの分野において蓄積されているビックデータと呼ばれるデータ基盤の整備状況や商慣習なども理解しなければ,実用的なシステムは開発できません。

そのような応用に関しても,多くの実務者・研究者が,長い時間をかけて社会制度も含めて基盤を作り,デーベースを構築し,それを活用するための応用研究が行われる中で,一歩一歩進化してきているのです。


そのような中で,テクノロジーの恩恵を受けることができるハードルは大きく下がったことは確かです。また,近年においてようやく利用可能なところまで到達してきた技術もたくさん出てきました。業務の中で蓄積された文章の中から,分析可能な特徴量を抽出し,それを定量データへと変換させる「自然言語処理」技術もその一つです。


また,2000年代に入ると,トロント大学のジェフリー・ヒントン(Geoffrey Everest Hinton)教授らの研究チームが,ニューラルネットワークのバックプロパゲーションにおいて,複雑な層になるほど誤差が拡大してしまう旧来の欠点を克服したことによって,飛躍的に深層学習が実用化されやすくなったという技術進歩があったことも確かです。これも長年の彼らの研究チームの研究開発のおかげです。


不動産市場の未来を見つめようとしたら,このようなテクノロジーの進化以外にも,社会経済環境の変化も同時に見ておかなければなりません。

私が所属するマサチューセッツ工科大学不動産研究センターでは,「Real Trends: The Future of Real Estate in United States」と呼ばれるプロジェクトを行っています。


第1章. 人口動態: Demographic Change and the Future of Real Estate in the United States
第2章. 住宅取得能力: Affordable Housing
第3章. 技術革新のインパクト: The Impact of Technology on the Built Environment
第4章. スマート・ビルディング & IOT: Smart Buildings and the Internet of Things
第5章. 不動産テック: Real Tech: Thinking Outside the Box
第6章. 未来へのトレンド: Real Trends to Watch

大きく5つの視点から未来の不動産市場を眺めています。不動産テックは,その一つにすぎません。

これから皆さんとは,当面の間,不動産市場の未来を一緒に眺めていきたいと思います。

清水 千弘
清水 千弘
日本大学 スポーツ科学部競技スポーツ学科 教授 [経歴]東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退,東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学) 財団法人日本不動産研究所研究員,株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員,麗澤大学経済学部教授,ブリティッシュコロンビア大学客員教授,シンガポール国立大学不動産研究センター教授,キャノングローバル戦略研究所主席研究官,金融庁金融研究所特別研究員等経て,現職 [専門]ビッグデータ解析,不動産経済学
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