あなたはだまされてない?

経済学からみた不動産市場(第9回)

浅田義久
日本大学経済学部教授


第2回目のコラムで価格の謎の1つにアンカリングを上げていました。今回はアンカリングについてお話ししていきます。


2014年に立教大学の学生達が東京都内の閉店セールを行っている9店舗を定期的に調べたところ,4店舗は実際に閉店したが,5店舗は閉店予告日を過ぎても閉店セールが続いたという研究を発表しました。

これは非常に面白い調査で,私の近隣の家具店も,ずーっと閉店セールを行っています。従来の経済学では,価格弾力性が異なる消費者に対して差別価格を用いていると考えてきましたが,行動経済学ではナッジ(nudge)理論として考えられています。2017年にシカゴ大学のセイラー教授がノーベル経済学賞を受賞してより脚光を浴びてきました。

上記の閉店セールもナッジの1つですが,皆さんがかかっているものとして,価格の松竹梅の三段階制や,通常価格から今回は特別価格といった宣伝,などがあります。

定食で2000円の上,1500円の並と価格づけすると,並を買う人が多くなりますが,その上に2500円の松,2000円の梅,1500円の竹とすると梅を買う人が多くなります。テレビショッピングで通常5000円の所,今なら2500円として販売しているのもこれですね。アメリカ系のコーヒーチェーン店でシロップなどをちょっとかけただけで品名がやたら長くなり,価格がどんどん高くなるのもこの応用です。

面白い例として,オランダの空港では,男性の小便器に1匹のハエを描き,清掃費は約8割減少させたという事例もあります。「人は的があると、そこに狙いを定める」という理論を応用したんですが・・・。


さて,この行動経済学で不動産市場に応用できるのが認知バイアスの一つでアンカリング(Anchoring)です。

アンカリングとは,「不確実な事象について予測をするとき,初めにある値(アンカー=錨)を設定し,その後で調整を行って最終的な予測値を確定するのが「アンカリングと調整」というヒューリスティクスである。しかし,調整の段階で,最終的な予測値が最初に設定する値にひきずられて,十分な調整ができないことからバイアスが生じることがある。」(友野典男(2006)『行動経済学-経済は感情で動いている』光文社新書)とされています。

このような,アンカリングは,客観的な価格に関する情報が少なく,価格交渉するような不動産市場,特に中古市場で起きやすいと考えられています。

不動産市場のアンカリングについて,海外では実証研究や実験はよく行われており,提示価格と成約価格の間にアンカリング効果があることが示されています。特に,アリゾナ大学のノースクラフト教授が行った実験では,不動産業者の経験はもとより,不動産業者と普通の学生でも同じように希望売却価格というアンカーが査定額に影響を及ぼすということが示されました。


さて,日本では,私達が実験を行いました。

まず,不動産業を対象にアンカリング効果が発揮されるかを実験しました。不動産業者に,立地や建物属性が同じ物件で周辺の取引事例価格も提示して,査定して貰いました。そこに,異なった買い手の希望売却価格を載せたところ,それがアンカーとなっていることがわかりました。ところが,インスペクション(住宅診断)の情報はアンカーとはなりませんでした。

次に,一般の人に売り手と買い手になったときにどのような希望売却価格,希望買取価格を示すかを実験してみました。ここでも周辺の取引事例価格も提示して,希望売却価格,希望買取価格をだしてもらいました。そこに,不動産業の査定価格として違う価格を載せたところ,それがアンカーとなっていることがわかりました。また,ここでもインスペクションの情報はアンカーとはなりませんでした。


この二つの実験で不動産の取引価格にアンカリングが働いている可能性が分かりましたが,何だかおかしいと思いませんか?

不動産業者の査定にはお客の希望売却価格,希望買取価格がアンカーとなり,お客の希望売却価格,希望買取価格には不動産業者の査定にはアンカーとなっている。

では,実際の取引価格は何がアンカーになっているんでしょう。これは,今後の検討課題です。すると,実際の売買価格を分析するヘドニックアプローチで出した価格が客観的価格ということになりそうですが,これも疑問がついてしまいます。売買価格自体が何かの値にアンカリングされているならヘドニック価格も・・

もう一つ,重要な点があります。インスペクションを普及させるためのアンカーが見つかっていないと言うことです。小便器のハエのように何でナッジすれば良いのでしょうか?


ナッジや,アンカリングは日常の生活でも使えますし,かかっていることも多いと思います。あなたは,パートナーにナッジをかけていませんか?かかってる?まあ,あまり気にせず,ナッジにかかった方が良いと思いますが。一生だまされる方が効用は高いかもしれせん。

浅田 義久
浅田 義久
日本大学 経済学部 教授 [経歴]上智大学大学院経済学研究科博士前期課程修了 三菱総合研究所、明海大学等を経て、現職 [専門]経済政策、財政・公共経済
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