経済政策は誰のため−将来世代に負担と不安
経済学から見た不動産市場(第26回)
浅田義久
日本大学経済学部教授
最初に言い訳ではありませんが,私は財務省の味方でも,財政再建派でもありません。そして,以下は政府の対コロナの経済政策が後手後手だとか,対策が十分とかという意見でもありません。
日本政府が他国と比較するとコロナ対策が採られていないという報道もありますが,本当なのでしょうか。
東日本大震災の際には,2013年1月1日からの25年間,税額に2.1%を上乗せするという形で復興特別所得税が徴収されています。東日本大震災の際には,多くの経済学者が世代間の公平性,市場の活用,持続可能性を「震災復興にむけての3原則」として掲げ,特に,将来世代に負担させないことを目的に国債ではなく増税を主張して,それが反映されたものとなりました。この復興特別所得税は年間約4,000億円程度の税収になります。
ところが,今回は6月12日に2次補正予算が成立し,90.2兆円の新規国債発行の見込みとなっています。リーマンショックの際は52兆円ですから,その規模の大きさが分かります。
もし,これを復興特別所得税のように課税すると何年かかるか皆さん検討してください。
近年議論されている国債はどんどん発行しても大丈夫というMMT理論は,20年前のマクロ経済,金融論をちょっと囓っただけの私には理解できませんが,国債は国民の負債ではないものの(日本の国債のほとんどは債権所有者も日本国内なので),分配はゆがむはずです。特別定額給付金も国債を所有していない将来の世代の方々から現在の国民に所得移転したのですが,これに賛成する将来世代はいるのでしょうか。
私権の制約には補償が必要であることは分かりますが,補償の財源は今後何十年かで賄うことになります。今回の施策に対して意見が言えない,今後,生まれてくる人に多大な負担をかけることは,本当に良いのでしょうか。
また,感染症は大きな外部不経済ですから公的介入の理由になりますが,その場合は外部性の大きさと価格弾力性に応じた対応が必要です。インフルエンザも含めワクチン接種費用もこれらを考慮すべきです。
不評だったアベノマスクですが,これはある意味で実験だったように思います。おそらく,この施策を考えた人は,第一波が欧米のように拡大し,しかも中国などでのマスクの生産も行われない状況を想定し,計画したのだと思います。万一のための備えを行った行政府を攻めるのは無責任だと思います。
ただ,旧ソ連の時に壮大な実験があったように,計画経済では商品の質が低下することが再確認されました。また,市場に任せると質は向上するが,利益目的の転売も起こることも明らかになったのでは。年間1億枚しか供給級能力が無かったのに月に何億枚も生産できるようになりましたが,これで感染が落ち着いてマスク需要が下がった場合の生産設備はどうするのかという懸念も出ます。
家賃支援給付金も都市経済学からみると,やや問題があります。以前,このコラムでもお話ししましたが,補助金が誰に帰着するかは弾力性の問題です。もし,商業床の供給の弾力性が大きければ,この補助金の享受者は商業床の所有者です。家賃や地代はその床,土地の限界生産性と一致するはずで,もし,お客が来なくなった地域では限界生産性は0となっているので商業床の所有者の収入を下げるべきです。
今は,時間的余裕がありませんが,ある程度落ち着いたらGo to事業を含め,特別定額給付金,持続給付金などの費用便益分析を行い,今後のEBPM(エビデンスに基づく政策立案)のために役立て欲しい。
このコラムの読者の多くは不動産関連の方々で,このコロナ禍の不動産市場への影響を知りたいのだと思います。在宅勤務の普及や密集のリスクなどで東京都心のオフィス需要や東京圏の住宅需要が減少するという見方も多いようです。コロナの影響はそんな簡単に考えられません。在宅勤務が進んでいる米国のニューヨークの就業者集積は東京以上です。
もし,通勤時の罹患コストが高くなると通勤時間を少なくするために,より都心に住むインセンティブが生じます。就業時に接触を減らすために1人あたりの床面積を増加するなら都心の商業床の需要は増加してしまいます。
現在,実証中です。分かり次第このコラムでもお伝えします。