因果関係をよく考えましょう −都市問題もCOVID-19対策も

経済学からみた不動産市場(第33回)

浅田義久
日本大学経済学部教授


 

 都市経済をやっていると,昔からよく「中心市街地では地価が高いから店が経営できない」,とか「六本木の寿司が高いのは地価が高いから」という因果関係を無視した意見がみられます。私は学部時代にゼミの指導教員岩田前日銀副総裁と本年1月に亡くなった兄弟子の山崎福寿上智大学名誉教授の2人から,常に因果関係(Casuality)を考えるようにたたき込まれました。また,近年は因果推論(Causal inference)が盛んになり,私のような還暦を過ぎた経済学を生業にしている者には理解できないほど精緻化されているようです。

 COVID-19(以下ではコロナと記します)の感染判断でも因果関係などをちゃんと理解しているか分からない評論や分析も多いような気がします。

 まず,下の図を見てください。これは東京都,大阪府の新規感染者数(後述のようにこれを新規感染者というのもやや問題があります)の1週間平均を取り,各日の前週比をグラフにしたものです。

出所)NHK『特設サイト新型コロナウイルス』2021年5月14日
図注)大阪府では2020年に対前週比が3を超える日が多くあったが,ここでは分かりやすくするために,3を上限とした。


 上図にある,コロナ対策はどうやら新規感染者数のレベルで判断しているように思えます。感染状況の4段階も直近1週間と前の一週間の比較以外はレベルで判断し,緊急事態宣言を発したり,解除したりしているのでは無いでしょうか。2012年5月14日に16日~北海道,岡山県,広島県を緊急事態宣言の対象地域に加え,まん延防止重点措置対象地域に群馬県,石川県,熊本県を加えることを発表しましたが,これもレベルで検討しているように思えます。

 従来から,経済学では景気を下図のように捉えています。まず,トレンドを除去し,増加率(トレンドを除去した増加率であることに留意)がプラスの期間を拡張期,マイナスの期間を後退期として判断します。日本の景気対策を効果的とは思えませんが,判断自体はこのように増加率で行っています。もう一つ,景気判断で先行指数,一致指数,遅行指数という捉え方があります。上記の感染状況の4段階はこれらが混在しています。重症者は遅行指数で新規感染者から1ヶ月弱遅れます。当然,対応策や対応時期は違うはずです。一部では下がりまん延防止措置や上がりまん延防止措置と対策が違うと言われているようですが,これは下図の拡張期と後退期の違いです。


 先の図を見て,前週比が一定に見えますか?感染学では基本再生産数と実効再生産数というのがあるようです。基本再生産数とは免疫を持っていない集団の中で,1人の感染者が次に平均で何人にうつすかを表した指標だそうです。実効再生産数は感染が広がっている状況において,1人の感染者が次に平均で何人にうつすかを示す指標だそうです。中にはある程度トレンドを除去した数値も出ています。前回のコラムでも書いたように,何人に感染させるかは密度によりますから,内生変数です。これを所与として試算したものをシミュレーションとして公表されていますが,経済モデルで言うと1ドル80円の円高になったときに日本経済はどうなるという試算と同じように因果関係を無視したものです。トレンドを除去した推定も行われていますが,トレンド除去だけでは因果関係を無視したことになります。

 なお,2021年5月14日現在で,緊急事態宣言区域でも1.0を割っている地域や,まん延防止等重点措置対象地域から除外された地域で再び1.0を超えて拡張期になった地域,両地域になっていない地域でも数日2.0を超えている地域はいくつか見られます。


 公表されている新規感染者数の意味もやや問題があります。0期に市場(町中です。経済学なので市場と表現しました)に1000人の人が出ていて,そのうち20人がコロナウィルスを保菌していて,保菌者(以下では,報告された感染者数に報告されずに自然治癒した感染者を含めて保菌者と記します)の中で陽性と判別される確率が50%とすると10人が陽性となって隔離されたとします。この時,報告される感染者数は10人です。この期の保菌者は20人で,保菌者1人からから1.2人が感染すると次期の保菌者は10+24-10=22人となります。次期は同じ1000人が出ていたとすると,報告される感染者は11人となり,10%増加したと報告されます。ここで,判別される確率が60%とすると,0期の報告される感染者数は12人となり多いように見えますが,次期の保菌者は20人となり,報告される感染者数は減少します。当たり前ですが保菌者の中で陽性と報告される確率が100%で,隔離されれば次期の保菌者はゼロになります。これがPCR検査を増やせば収束するという根拠でしょう。

 疑似陰性や疑似陽性の問題は別にしても,2020年6月の抗体検査で東京都では0.1%が陽性でした。サンプリングに問題はありますが,6月7日までに感染者として報告された人は0.038%でしたので,報告された感染者の2.6倍がここでいう保菌者だったことになります。2020年12月の抗体検査でも2.3倍です。感染者と報告される人数が1000人としても保菌者は2,500人程度で東京都の人口の0.018%位にしかなりません。無作為抽出した100万人を検査しても180人ぐらいしか陽性反応が出ないことになります。欧米のように保菌者が多い場合は無作為抽出による検査はある程度有効ですが,日本では現在のように陽性の可能性がある人を検査した方が適切だと考えられます。

 また,上記のように感染者と報告されると,市場から隔離されるので,新規の保菌者を除くと次期の市場での保菌者は少なくなりますので報告された新規感染者数が多くなるのが良くないというのも考え直す必要がありますし,同様にPCR検査者のうち何人陽性だったかという陽性率もサンプリング(検査している人たち)がランダムでは無いため,陽性率の増減が保菌者数(実質的な感染者)の増減を表しているわけではありませんので判断基準にしていいか疑問があります。ランダムサンプリングのPCR検査が無駄というわけでは無く,定期的にランダムサンプリングの抗体検査を行い,現状の市場の保菌者数推定に資するデータは必要です。


 さて,保菌者1人が何人に感染させるかは,前回のコラムで書いたように密度と関連します。このように考えると次期の保菌者数の増減率を決めるのは,前期の保菌者数,陽性判明率と今期の密度になります。これは動学モデルが必要になります。そして,この動学モデルを考えると,増加率が変動する要因が分かります。簡単に入手できるデータで,約20都道府県で推計すると,増減率はトレンドを除去したあとでは,その都道府県の10日程度前(都道府県によって若干異なってきます)の人流が多い地域の20:00時台の人流が有意に効いていることがわかります。この人流はagoopのサイトで見ることができます。そして,説明変数に人出を入れると政府の対策(緊急事態宣言やまん延防止措置)が有意では無くなります。

 とはいっても,政府の対策には効果が無いと言うことではありません。人流を決める要因を推定した結果,これもトレンドを除去すると前日当該都道府県で報告された感染者数が有意にマイナスとなります。そして,ここで政府の対策が有意に出てきます。ようするに,ある期の保菌者数の増減は前期の保菌者数と検査によって陽性になった人数,その人達が接した人数が決定要因で,接した人数は人流に依存します。感染人数より多く陽性として隔離すれば減少しますが,感染する確率は人流に依存しますが,前日報告された感染者数(レベル)が増加すると人流が減少し,自然と感染させる確率自体が低下しますが,感染者数が減少すると逆に人流が増加し,感染する確率が上昇します。これによって前出の景気変動のような循環を作ります。これをリバウンドと言うのも違和感があります。

 また,私は東京都の人出が多い地域での全日の人流と18:00時台の人流,20:00時台の人流を比較して20:00時台が最も影響が大きいことが分かったため,他地域の推定でも20:00時台の人流を用いているが,飲食店等の時短営業を行うのであれば少なくとも他の時間帯や繁華街,オフィス街,学生街などで影響分析を行うべきでは無いでしょうか。東京都以外の地域もある程度分析が必要だと思います。

 この動学モデルをもう少し精緻化すると数値解法で,どうして欧米では発散してしまったか,ワクチン普及の効果も分析できるはずです。検索はしていませんが,連立微分方程式を解けば良いので,既にやっている人は多く居ると思います。私は大学院以来動学モデルを用いたのは消費税の地価への影響分析の1本だけで,ほとんど忘れているのでできませんが。


 では,推定結果を公表し,シミュレーションすべきであるという意見も出てくるでしょう。これも公表の影響をCasualityを重んじて考察すると以下のようになります。まず,そのシミュレーション結果を公表することがノイズになる可能性があることです。前述のように,18時の繁華街での人出はその前日に公表された感染者数に影響を受けて増減率を低下させる要因になっているのに,それを込みにしたシミュレーション結果がこの行動に影響を及ぼす可能性があるからです。次に,政府や東京都の対策部局には多くの優秀な専門家が入っており,データも多く持っており,私はたかだかデスクトップのPCで実証しましたが,スーパーコンピュータ富岳まで利用できます。また,民間企業でもAI(これも還暦を過ぎた経済学を生業にしている私には理解できていません)も使って予測をしているようです。すると,政府や東京都は私の推定結果以上の精度を持った予測値を知っていて,人流をより減少に誘導させる対策を採っている可能性があります。このような仮定をおくと,私のような稚拙な予測は一層のノイズになる可能性があります。

 推定作業をしていて,かなり人口が少ない都道府県でも同じような推定が可能であることが分かりました。東京など大規模は分析をできない県も経済学部で真面目に計量経済学を学んでいた職員なら分析は簡単です。


 さて,最初の二つの挿話に対する答えは,店が立地できない土地の地価は高くならないってことです。地価は内生変数で,収益が上がらない土地の地価は低くなります。もし,現在の収益が無いのに取引地価が高いとすると,再開発が期待されるとか,相続などの税制によるものと考えるべきです。同様に,六本木の寿司が高いのは地価が高いからではなく,六本木で寿司を食べる需要が高いから六本木の寿司が高くなり,土地に帰属する分は全て地価上昇に繋がっているだけです。より難しい問題は「行列ができるラーメン店はなぜ値上げしないか」ですが,分かりますか?

浅田 義久
浅田 義久
日本大学 経済学部 教授 [経歴]上智大学大学院経済学研究科博士前期課程修了 三菱総合研究所、明海大学等を経て、現職 [専門]経済政策、財政・公共経済
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