情報提供も難しい 情報の非対称性への対応なのか,ナッジ(Nudge),だまし(Trick)なのか?
経済学からみた不動産市場(第45回)
浅田義久
日本大学経済学部教授
以前のコラム(第43回:ブラックボックスは嫌い?)で,地価や家賃の推定結果を公表する危なさをお話ししました。グルメサイト訴訟のように,それで安価で売られたと訴えられたらどうなるのかという問題です。その稿で,ナッジ(Nudge)は良いのかというお話をしましたが,今回は情報公開の問題点を考えていきます。
ナッジとは,近年行動科学でよく使われるようになりましたが,望ましい行動をとれるよう人を後押しする手段のことです。経済的インセンティブや罰則といった手段を用いるのではなく,「人が意思決定する際の環境をデザインすることで,自発的な行動変容を促す」のが特徴です。デフォルトによる行動変化がよく例として出されており,臓器提供の意思の有無について現状のデフォルトは提供しないことになっていますが,それを逆にすると提供の意思が増えると言われています。これは望ましい行動を後押しするものでしょうが,定食などの松・竹・梅もナッジ(竹を食べさせるための仕業だそうだ)の例とすると望ましいかどうかは分かりませんね。コロナのワクチン注射やマイナンバーカードの普及にも利用しようという試みも提案されていました。
次に,以前お話しした(第9回:あなたはだまされていない?)アンカリング(Anchoring)も人々の行動を変える情報提供の一つです。このアンカリングもグルメサイトのように訴えられるのかと不安に思います。不動産市場では様々な情報が出ており,それらの情報がアンカリングになっている可能性は非常に高いと思います。例えば,ある地点の近隣の土地や住宅の取引価格が掲載されているサイトは多くありますが,これらをみてその土地に対する消費者の支払い意思額が変化します。グルメサイト訴訟ではその情報によって売り上げが下がったことが認められたということですが,不動産価格に関する情報も売り手の利益が下がった場合はどうなるんでしょうね。
グルメサイトや不動産価格の情報提供は,消費者の探索コスト(全く不動産情報が無くて,買いたいあるいは借りたい住宅の周辺の取引価格を探しまくる費用)を削減するために行っており,資源の効率化のためには有意義なものであるはずです。そして,より消費者にとって良い情報を出しているサイトがどれかは競争で決めた方が良いのではないでしょうか。これを政府が規制するのは難しいと思います。まあ,情報提供といってもチープトーク(Cheap Talk)になっちゃいけないんですけど。チープトークはシグナリングやスクリーニングと一緒に追ってお話しします。
世の中のほとんどの行動は情報の非対称性のもとで行われています。私も,進学や就職,結婚など様々な決断をする際に,様々な情報を収集し考えて決断して来ました。各々の決断で失敗したことは多々あります。本当に難しいですよね。