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EV充電器ってどのくらい普及している? ~プロビット回帰で付帯確率を推定してみた~

はじめに

近年、『脱炭素』という言葉をニュースや新聞で多く見るようになりました。これは超ざっくり言うと「CO2の排出量を少なくしよう」というものです。地球温暖化・気候変動への対策の一つですね。


CO2はおもに化石燃料を燃焼させることで排出されるので、ガソリンを燃料にしている自動車はCO2排出の代表格になります。

実際に国土交通省の発表資料※では、日本におけるCO2総排出量について、運輸部門の86.8%を自動車が占めていると言われています。

これを『脱炭素』していくために、燃料をガソリンから脱していく。つまり電気自動車(EV)に乗り換えていきましょう、というのが今の流れになります。


さて、EVを普及させましょうというのは良いのですが、動かすためには電気が、もとい充電が必要になります。

つまりEVの充電器が十分に普及していないと、自動車がこれまで通りの便利なモービルとはなり得ません。

また詳細は省きますが、従来のように「スタンドでレギュラー満タンにしたらすぐ走れる」というのはEVには通じず、EVの充電には相応の時間がかかるというのは知っておくべきポイントです。


東京都は2018年度からEV充電器設置に対する補助制度を設けていますが、2025年度には新築マンションへのEV充電器の設置を義務付けます。中古マンションに対しては補助上限を引き上げ、EV充電器の拡充に向けて動いています。


この流れは、遅ればせながらも賃貸物件の方にも波及していくと思われます。

今回は、東京23区の賃貸マンションデータを用いて、EV充電器の普及状況はどうなっているのかを見ていきたいと思います。


※『国土交通省』「運輸部門における二酸化炭素排出量」


EV充電器付帯物件の分布

2015年以降の賃貸マンションデータから、EV充電器が付いている物件を抽出してプロットしてみました。

【新宿区】の「都庁北西側」や「東新宿駅周辺」、【中央区】の「勝どき駅南側」や「豊洲周辺」に比較的多く分布しています。


とはいえ件数がかなり少ないので、上図(右)のような単純な件数のヒートマップにしてみても、「そうかもね」くらいの感想しか出てきません。


ということで、次のセクションでは、

EV充電器が付いていない物件のEV充電器が付く確率(理論値)を推定してみることにします。


EV充電器付帯確率を推定してみる

さて、それでは二値分類モデル(プロビットモデル)を使って、分析していきます。


■使用するデータ

まず、使用するデータと、その基本統計量がこちらです。

まず、被説明変数である「EV車充電設備ダミー」は、その物件に充電設備があれば1を、なければ0を取る二値変数です。

二値変数の平均値は全体の付帯率(どれだけ充電設備があるか)を示していて、今回使用するデータでは、全体の0.0078%の物件にしかEV充電器がないということになります。


説明変数には、最寄り駅までの徒歩分賃料単価などの連続値や、専有面積を単身向け・DINKS向け・家族向けに3分類した「世帯ダミー」、鉄骨造・RC造・SRC造の3分類からなる「建物構造ダミー」を採用しました。


CBD (Central Business District:中心業務地区)までの時間とは、最寄り駅を起点として、東京駅や大手町駅・新宿駅などの中心業務地区までの最短時間を変数として採用しています。(例えばその物件の最寄り駅が新宿駅であればCBD=0となります。)


また、コントロール変数として市区町村ダミー、公開年月ダミーも採用しています。


EV車充電設備ダミーと同様に、世帯ダミーや建物構造ダミーの平均値もそれぞれのカテゴリの比率を表しています。

たとえば世帯ダミーでは、単身向けが全体の56.9%、Dinks向けが全体の29.4%、家族向けの物件が全体の13.7%を占めるといった具合です。


■推定結果

早速推定結果を見てみましょう。連続値は対数化してモデルに採用しています。


係数を見る時のポイントは「①符号」「②精度」「③相対的な大小関係」の3つです。

①符号

まず符号については、総階数と築年数以外で正(プラス)の符号になりました。

これは符号が正である徒歩分で考えると、[徒歩分が増える]⇒[最寄り駅から遠くなるにつれて、EV充電器が付帯される確率が高くなる]ということになります。

逆に符号が負である築年数で考えると、[築年数が増える]⇒[築古になるにつれて、EV充電器が付帯される確率が低くなる]といった感じです。


②精度

変数の精度を見る時は、係数の右側のP値という値を見ます。一般にP値は0.05以下であれば統計的に有意(その変数があることに意味がある)と解釈できます。

今回の推定結果では、建物構造ダミー以外の変数はP値≦0.05なので有意と解釈できます。


③相対的な大小関係

連続値の係数について絶対値を大きい順から並べると、

賃料単価 > CBD > 徒歩分 > 専有面積 > 総階数 > 築年数

の順になり、これはそのままEV充電器付帯確率への影響度の大きい順番になります。

つまり、EV充電器の有無には賃料単価が最も影響して、築年数が一番関係ない、という推定結果になります。



世帯ダミーと建物構造ダミーの係数は、その項目が【base】と比較してどれだけ影響するかを表しており、それぞれのカテゴリ内でしか比較できません。例えば、[家族向け]と[賃料単価]の係数は比較できないということです。


世帯ダミーを見てみると、【base】である単身向けを「0」としたときの影響度が表の数値になっています。

つまり、この時の相対関係は [ 家族向け > Dinks向け > 単身向け ] なので、その物件の専有面積が大きいほど、EV充電器の付帯確率は上がるという結果になりました。


同様に建物構造ダミーは、[ RC造 > 鉄骨造 > SRC造 ] なので、RC造が最もEV付帯確率が高くなります。ただ、建物構造ダミー自体の精度が低いのであくまで参考程度ですね。


※モデルの精度については割愛しますが、AIC(赤池情報量基準)やDevianceを考慮してモデル選択をしています。


分析結果を地図で見てみる

さて、分析の結果「EV充電器が付いていない物件のEV充電器が付く確率(理論値)」が推定できました。

これをもとにヒートマップを作ってみます。


ちなみに冒頭のヒートマップはポイント(物件)の数に応じて濃淡がつけられていましたが、このヒートマップは「EV充電器付帯確率(理論値)」の大小で色の濃淡がつけられています。

<東京23区 EV充電器付帯確率(理論値) ヒートマップ>


新宿周辺や港区の都心部や、世田谷区や大田区・江東区など都心から少し離れたエリアでEV充電器が付く確率が高く、東京23区内でも偏りが見られます。


次にデータ数との関係を見てみましょう。

データ数が多いエリアは青が濃く、少ないエリアは青が薄くなっています。

データ件数の地図を見てみると、山手線の駅周辺など中心部の方が、データ件数が多い分布になっています。

データ件数とEV充電器付帯確率のヒートマップを重ねてみると、新宿区などの、データ件数も多くEV充電器付帯確率も高い地域もあれば、世田谷区などでは、データ件数は少ないけれどEV充電器付帯確率が高いエリアも見られます。


よりミクロな視点で見るために、世田谷区にズームしてみてみましょう。


世田谷区で考察

<世田谷区 EV充電器付帯確率(理論値) ヒートマップ>

世田谷区は、千歳船橋駅から成城学園前駅の周辺部分(左上)と、東急大井町線周辺(右下)でEV充電器付帯確率が高いという結果になりました。


それでは、なぜこの青い枠の部分でEV充電器付帯確率が高くなるのか、考察していきます。


まず、EV充電器付帯確率に最も影響を与えるのが賃料単価だったことを思い出して、賃料単価のヒートマップを見てみましょう。

<世田谷区 賃料単価 ヒートマップ>

こちらも例によって、色が濃ければ賃料単価が高いという地図です。

三軒茶屋駅や下北沢駅周辺では賃料単価が高いですが、青い枠の部分は特に賃料単価が高いというわけではありません。「賃料単価のせいでEV充電器付帯確率が高い」と言うのは難しいですね。


それでは何が影響しているのでしょうか。


賃料単価の次に影響度の高いCBDで考えると、確かに青い枠の部分は下北沢駅や三軒茶屋駅よりも都心から遠い(CBDが大きい)のでEV充電器付帯確率が高くなるかもしれません。

ただ、23区全体のヒートマップを見てみると、祖師ヶ谷大蔵駅と都心から同程度離れている駅(西荻窪駅など)の周辺の付帯確率はそれほど高くありません。


ここで、世帯ダミーに注目してみましょう。

世帯ダミーをもう一度見てみると、単身向け「0」と家族向け「+0.69」ではEV充電器付帯確率に大きな開きがあることが分かります。


それでは、世田谷区の単身向け・DINKS向け・家族向けのデータ件数の分布を比べてみます。

さて、青い枠の部分はEV充電器付帯確率が高いエリア、オレンジの枠はEV充電器付帯確率が低いエリアを示しています。


単身向け・DINKS向けは青い枠よりもオレンジの枠の部分で比較的データが集まっている一方で、家族向けは地域まんべんなくデータが分布していますね。


つまり、それぞれの枠の部分のデータ件数を、世帯のカテゴリごとにまとめると下図のイメージのような分布になります。

  オレンジの枠の部分 : 単身向けが多く、家族向けが少ない

  青の枠の部分    : 単身向けが非常に少なく、家族向けが多い


世帯ダミー値の相対関係は [ 家族向け > Dinks向け > 単身向け] だったので、エリアの集計をするとき、家族向けのデータが占める割合が大きいほどEV充電器付帯確率は高くなります。


つまり、

「青い枠の部分は、オレンジの枠の部分よりも、家族向けの物件が占める割合が大きいため、EV充電器付帯確率が高い」

という考察ができました。



おわりに

今回は東京23区の賃貸マンションデータを用いて、「EV充電器が付いていない物件のEV充電器が付く確率(理論値)」を推定し、地図上にプロットした結果を考察してみました。


推計の結果、賃料単価がEV充電器の付帯確率に最も影響するパラメータであるということが分かりました。

ただ実際に地図に表現してみると、世帯別の分布構造の違いが影響を与えているという考察をすることができました。


このように、データを分析し、さらに考察するためには、多くの観点から仮説を検証してみることが大切です。

不動産マーケット分析「ANALYSTAS」では、さまざまなデータに即した利活用・組み合わせ方法をご提案させていただきます。ご興味をお持ちの方は、お気軽にお問い合わせください。




生田 遼羽
生田 遼羽
株式会社タス データソリューション部
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