第五章 規制緩和と経済成長
前回に引き続き、一橋大学大学院教授である清水千弘先生からご寄稿いただいた、東京における住宅価格の高価格化構造をテーマとしたコラムを連続で配信します。
分割しての配信であり学術的側面も含みますが、非常に興味深い内容となっていますので是非最後までご覧ください。
以下は全体の章立てとなります。
第一章:東京のマンション価格はバブルか?
第二章:ユーザーコスト理論・厚生一貫的指数理論・バブル必然理論の統合
第三章:東京の住宅市場の長期均衡と期待主導構造
第四章:制度的・歴史的分析:1980~1990年代政策と構造変容の連鎖
第五章:規制緩和と経済成長
第六章:住宅アフォーダビリティ政策の限界と市場歪曲考課
第七章:住総合考察と政策的含意:成熟社会の高価格均衡をどう扱うか
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第五章 規制緩和と経済成長
清水千弘
一橋大学大学院教授・都市空間不動産解析研究センター長
2000年代に入ると、政府は経済構造改革の一環として都市再生を位置づけた。2002年に施行された都市再生特別措置法は、都市の国際競争力を高めることを目的とし、容積率緩和、税制優遇、開発許可手続きの簡素化を通じて民間資本の導入を促した。これにより、六本木ヒルズ、汐留シオサイト、丸の内再開発など、東京の象徴的な都市空間が生まれた。都市の景観は大きく変わり、再開発地域では地価と住宅価格が上昇した。この政策は、1990年代に失われた「都市の魅力」を回復し、再び住宅を資産として認識させる効果をもたらした。
2010年代に入ると、アベノミクスによる量的・質的金融緩和が始まった。日本銀行は長期金利をゼロ近辺に維持し、マネタリーベースを急拡大させた。これにより、住宅ローン金利は史上最低を更新し、投資資金が再び不動産市場に向かった。同時に国家戦略特区が導入され、都市再開発がさらに加速した。この時期の特徴は、住宅価格上昇がもはや「副作用」ではなく、明示的な政策成果として認識されたことである。政府は再開発を通じて都市の成長を促し、住宅価格の上昇を「経済再生の証」として肯定的に捉えた。
そして2020年代、超低金利と円安の中で海外資本が流入し、東京の住宅は国際的な投資対象となった。外国人購入者の増加、再開発プロジェクトの国際資本参加、リート市場の拡大―これらは日本の住宅市場をグローバルな資産市場の一部へと変えた。同時に、脱炭素化やスマートシティ政策が進み、住宅の価値は単なる面積や立地ではなく、エネルギー効率や持続可能性といった新しい要素に基づいて評価されるようになった。
この40年間の制度変化を総合すると、住宅市場は「高価格均衡」を形成する方向に制度的に進化してきたことがわかる。金融緩和は金利を下げ、税制は土地の流動性を制約し、再開発政策は期待を高め、社会心理は「住宅は下がらない」という信念を強化した。政策は意図せずして、住宅価格を高止まりさせる自己強化メカニズムを作り出したのである。1980年代の金融自由化から2020年代のグリーン再開発に至るまで、日本の政策史は、住宅市場を構造的に高価格化する方向で一貫していた。
このように、日本の住宅価格の高止まりは、政策的に生成された「構造的結果」であり、経済の外生的な歪みではない。住宅価格を押し上げたのは、短期的な投機ではなく、長期的に積み重ねられた制度の連鎖であった。その意味で、日本の住宅市場は、1980年代以降の政策体系の「鏡」であり、社会がどのような均衡を選び取ってきたかを映し出す指標である。




