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両手取引は不動産取引をゆがめているか-誰のために働く?


経済学からみた不動産市場(第40回)

浅田義久
日本大学経済学部教授

 

 

 前回はやや政府批判になってしまいましたが、今回は不動産市場に関してです。

 よく、消費者にとってどのような利益になるかとか、それは生産者の利益にしかならないなんて言いますが、取引(売買を含め)をするってことは双方とも余剰(満足度)があるはずです。限界的(マージナルと言いますが)な人や企業は価格と支払意思額や限界費用が同じであれば余剰はありませんが、ほとんどの人や企業は余剰があるはずです。


 これがどのように不動産市場に関係があるのでしょうか。

 例えば、ある中古住宅の売買を考えましょう。ここでは、住宅の質に関する情報を買い手も売り手も同じだけ持っているとします(情報の非対称性がない)。情報の非対称性がある場合は、以前のコラム(第3回:情報の非対称性はあちこちで発生していますをご覧ください。

 買い手は上記の消費者余剰を最大化するために収入を得て、消費者余剰が高くなる家を探します。売り手は上記の生産者余剰を最大化するために極力コストを下げて(これは中古住宅なので自分で保有しているときにきれいに使うとかですね)、良い不動産を供給しようとします。

 以前、プリンシパル・エージェント問題というのをお話ししました。日本では不動産業者がこの不動産取引の仲介を行っています。プリンシパル・エージェント問題は住宅を購入したい消費者(売却も同様です)とそれを仲介する不動産業で目的が違うため、購入者(売却者)の余剰を最大化することが難しいということです。不動産業者は自分の収入の最大化を目的として、購入者(売却者)は上記の消費者余剰(売却者は生産者余剰)を最大化することを目的としており、互いの行動をモニターできないため、消費者余剰、生産者余剰が最大化されていない可能性があるのが問題になります。これは教育現場でも多く見られますが、これも以前のコラム(第5回:見張られていて気持ちいいですか?をご覧ください。


 プリンシパル・エージェント問題以上に問題といわれているのがいわゆる両手取引です。

 両手取引について専修大学の瀬下教授たちが非常に面白い研究をしています。両手取引は、買い手と売り手の代理人ですが、一体買い手の消費者余剰(利益)を最大化するのか、売り手の生産者余剰(利益)を最大化するかというものです。前述のプリンシパル・エージェント問題は利益相反がありませんが、両手取引は完全に利益相反になります。米国では1990年代後半から両手取引が疑問視されていたそうですが、その後の研究では否定的な論文は少なく、契約時点で両手取引の開示を義務づけている州が多くなっているそうです。瀬下先生たちは両手取引とクロス・エージェンシー取引(非両手取引)の行動モデルを作り、市場取引を分析しています。その結果、両手取引ではクロス・エージェンシー取引より提示価格が高くなることがわかりました。

 また、社会的効率性(総余剰の大小で考えます)の観点から見ると、クロス・エージェンシー取引が良いとは限らないようです。売り手の留保価格の分散が大きいとクロス・エージェンシー取引の方が望ましく、リーマンショックのようなことが起こると、両手取引では提示価格に大きな影響を受けることを明らかにしています。両手取引が不動産取引を阻害していると言うことは一概に言えないし、日本では実証研究ができていないのが現状です。


 さて、私が若い人たちと共同論文を書くのは、若い人たちの就職や昇進のためなのでしょうか、私が定年延長(正確には特任教授)を勝ち得るためのものなのでしょうか。利益相反がないように見えますが、私が定年延長したら若い人の採用がなくなるので利益相反がありますね。まあ、自分でもよくわかりません。

浅田 義久
浅田 義久
日本大学 経済学部 教授 [経歴]上智大学大学院経済学研究科博士前期課程修了 三菱総合研究所、明海大学等を経て、現職 [専門]経済政策、財政・公共経済
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